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チベット旅行記(2/3)
チベット7
(チベット仏教独特の祈り方「五体投地」をする人々)
 4日間というチベット滞在期間中、僕たちは様々な仏教寺院を回った。極彩色の仏像やタンカと呼ばれる巨大な仏画、また灯明がヤクのバターで作られた蝋燭だったり、といった日本とは違う部分にばかり最初は眼を奪われがちになるが、根底には六道輪廻という日本と共通の仏教思想があり、釈迦牟尼や弥勒菩薩の話も我々にはおなじみのものであり、むしろ言葉が違っても同じ宗教を信仰しているという親しみのようなものを次第に感じることができた。
チベット8
(六道輪廻を表現したマンダラ)
 またとりわけ感銘を受けたのはガンデン寺という寺院で、4000メートルの山の上に作られた伽藍は、周りに何も無いところによくぞここまで作ったな、と宗教が人を動かす力を感じたし、俗世から隔離された寺院の中で出会う僧侶たちの顔は、ラサ市街にある寺院の僧侶たちの顔よりもだいぶ穏やかなもののように思えた。
チベット9
(ガンデン寺、今も多くの僧が修行している)
 ところで日本出発前に度々尋ねられたのは「なんでまたチベットへ?」という質問で、それに対して僕は、チベット仏教に興味があったからとか、青蔵鉄道に乗ってみたかったからとか答えたのだけれど、その度に心の中では何だか違うなという気分になってしまったのだ。それは女性から「なんで私のこと好きなの?」と訊かれ、君の性格がとか、君の姿がとか答える度に、やっぱり何だか違うな、そういうことじゃないのになと思うのと一緒で、チベットへ行きたいというのも、何か明確な理由があってというよりは、曖昧なものだけど確かに存在し続けた気分のようなものだったせいと思う。
チベット10
(ガンデン寺、奥には僧侶の姿も見える)
 さてここからようやく映画の話も加わる。1997年に公開された『セブン・イヤーズ・イン・チベット』という映画を覚えているだろうか。当時、人気絶頂にあったブラッド・ピット主演ということもあり、日本でも話題を呼んだ映画だった。実在したオーストリア人登山家ハインリッヒ・ヒラーの眼を通して、第二次世界大戦前後のチベット、そしてダライ・ラマ14世との交流を描いた作品である。僕がチベットに行きたかったのはこの映画を観たから、と言うと全くの嘘になるが、2008年、テレビでチベット暴動のニュースを見るたび、この映画のある場面のことを思い浮かべていたのだから、映画が僕のいわゆる「チベット気分」に影響を与えたのは間違いないだろう。その場面というのは1950年の中国人民解放軍によるチベット侵攻のところで、チベットの僧侶たちが膨大な時間をかけて地面に描いた砂のマンダラを、軍の将校が軍靴で踏みにじり破壊してしまう場面である。
 当初チベットへ行くまで僕は、チベット侵攻とはどういうものなのかを、この一場面がとても象徴していると思っていた。そしてチベットへ行くからには、中国のチベット同化政策の現状をしっかり見ておきたいとも思っていたのだった。実際、ラサの象徴ともいえるポタラ宮の周囲には新しいデパートや店が建ち並び、道行く人々は携帯電話を使って話をしているなど、漢民族資本の流入は著しいものがあった。
チベット11
(ラサの市街地、道の向こうはスーパーマーケット)
 一方、中国政府はチベット侵攻のことを「チベット解放」と呼んでいるように、人民解放軍がチベットの過酷な格差社会を壊し、人口の9割もいた農奴を解放したのだ、と主張する。確かにかつてチベットの政府が置かれていたポタラ宮の壮麗さには圧倒されたし、その中に置かれている黄金で作られた歴代のダライ・ラマのお墓を見ても、チベット侵攻前にいかに官僚や僧侶に富の集中が行われていたかは想像に難くない。
チベット12
(ポタラ宮、近くで見ると本当に巨大な建造物だ)
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【2012/03/18 22:41】 | チベット | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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