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こばやし画材、映画に登場
 気がつけばもう1月も最後の日になってしまいました。遅ればせながら今年もよろしくお願いします。
 さて昨日午後に東京の映画製作会社から電話があり、うちの店で2日間ロケを行った『アリア』という映画が、今日から南松本の「シネマライツ8」で上映されるという連絡をいただきました。しかし実を言えば、電話を受けたとき最初何のことかよくわからなかったのです。というのも店でロケを行ったのがもう5年も前のことで、それ以来映画化されたという音沙汰も無く、きっとあの映画は資金繰りなど、何らかの事情があって中止になったのだろうと、ここ最近はわが家で話題になることもなかったのです。ともあれこれだけ長い年月をかけて公開にこぎつけた関係者も感慨深いものがあるのでしょう。
 この映画は諏訪を舞台にした幼なじみの男女のラブストーリーだそうですが、公開が遅れた理由はおそらく映画の中で彼らが成長していく姿を撮りたかったのではないか、これはまだ映画を見ていないので全く憶測に過ぎませんが、僕はそう推測しています。下の写真は製作会社の方に送っていただいた、うちの店が登場するシーンですが、なんだか別の店みたいですね(笑)
 この映画「アリア」の公式サイトは次のアドレスになります。見る機会があったら、うちの店にも注目してみてください。
http://www.nizoo.com/aria/

「アリア」
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【2009/01/31 23:27】 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
『映画の本』
 大晦日です。例年通り30日まで仕事、そして今日は大掃除をして一年を締めくくりました。ブログも久しぶりの更新ですが、来年も何とか一ヵ月に一度の更新は維持していきたいです。
 今年は『映画の本』という題名の雑誌を仲間うちで作りました。それに寄稿した評論とエッセイを、ブログの今年一年の締めとして載せておきます。よろしければ読んでみてください。

映画評論
映画エッセイ

 今年も一年間ありがとうございました。来年もまたよろしくお願いします。
【2008/12/31 19:21】 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
太陽
太陽
 ここ数日の間に『父親たちの星条旗』『硫黄島からの手紙』『太陽』と、太平洋戦争末期を描いた映画を3本続けて見ました。その中でも、ロシアのアレクサンドル・ソクーロフが監督した『太陽』は、終戦前後の昭和天皇が主人公という少々デリケートなテーマであったため、日本での公開が危ぶまれていたのですが、昨年ようやく公開されたということで話題になった作品です。
 戦争映画でありながら淡々としたストーリーと静謐な映像は、ロシア映画の先達であるタルコフスキー監督の映画を思い起こさせます。仮に日本人がこうした映画を製作した場合、昭和天皇の戦争への関与をどう扱うのかという問題はどうしても避けられないのですが、ロシア人の手によるこの作品でクローズアップされているのは、もう少し違うテーマなのです。
 この映画において、昭和天皇とその周りにいる人達との会話はいびつなものであり、両者の間でコミュニケーションが成立していないという状況が常に生じています。旧約聖書にもあるように神様と人間のコミュニケーションはたいてい成立しないものですが、こうした言語的食い違いをこの作品は上手く描いています。そうした悲喜劇的状況を描くことによって、この映画のテーマである、「現人神」と呼ばれた昭和天皇の「神性」がいかなるものであったのかが、よく表現されていると思います。
 このような日本語のコミュニケーションの齟齬という難しい問題を、どうしてロシア人スタッフが描くことに成功したのか、僕には不思議でならないのですが、それはともかく、昭和天皇のモノマネという域を遥かに凌駕するイッセー尾形の名演や、ソクーロフ監督の得意とする映像美も含めて、一見の価値のある映画だと思います。
【2007/08/03 01:04】 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
アカルイミライ
アカルイミライ
 オダギリジョーの初主演映画として知られる映画です。「おススメの映画は?」と訊かれたときに、ここ1年くらい僕はこの映画を薦めています。
 監督・脚本はカンヌで受賞経験もある黒沢清。彼の作品は人間の奥深くに潜む暴力性を扱った作品が多く、この作品もそうした要素を若干含みますが、それ以上に問われているのは「人と人は本当にわかりあえるのか?」というコミュニケーションの問題です。登場人物はみな、どこか他人とのコミュニケーションに問題を抱えています。外見上はうまく世の中を渡っているように見える人物でも、その心には一番親しいものですら理解できない闇の部分が存在しています。
 といっても、クリーニング工場で働く青年とその同僚、そして同僚の父親をめぐるストーリーは、難解なものではありません。そうしたウェルメイドなストーリーの中で、オダギリジョーの演じる青年の停滞感、行き詰まり感のようなものを上手く表現しつつ、映像もまた美しく撮られています。
 決して明るく楽しい映画ではないです。しかしこの映画を見終った後、僕はいつもある種の解放感のようなものを感じます。「アカルイミライ」を信じたくなるのです。
【2007/07/04 23:31】 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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