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ロシアへ(最終回)
 10月20日(9日目)
 ロシアへの新婚旅行もあっという間に最終日になってしまいました。まだまだ滞在していたかったのですが仕方ありません。午後3時過ぎに空港までの送迎車と待ち合わせをしているので、それまでは自由時間なのですが、まずは部屋に散乱した荷物をスーツケースにパッキングです。お土産に買ったウォッカやビールを服と服との間に詰めたり、悪戦苦闘の末ようやく12時前に終了。ホテルをチェックアウトして荷物を預けた後、モスクワ散策に出かけました。この日はロシアに来て二度目の素晴らしい快晴でした。といっても外気温は5度くらいで、しっかり防寒しないととても寒いのですが・・・。
 まずは20分ほど歩いて本屋「ドム・クニーギ」へ。そこでロシアの国民的作家プーシキンの詩集とロシアンジャズのCDを2枚ほど購入。その後、モスクワに来た観光客が多く訪れるというアルバート通りへ行き(下の写真)ちょっと目についたお土産店でウォッカグラスを購入。

アルバート通り

 その土産店のおばちゃんに「どこから来たの?」と聞かれたので、「日本から来ました」と僕が答えたら、隣で買い物をしていた別のおばちゃんが「ああ、あの素晴らしい国ね」と言っていました。これはほんの一例ですがロシアに実際行ってみて、ロシア人の対日感情は悪くない、というよりはかなり良い方なのだと感じました。(まあどこの国にも悪い人はいるので油断は禁物ですが)またロシアでは現在日本料理ブームで、中華料理店を探すより、日本料理店を探す方が簡単で、モスクワで大通りを歩いていると、オープン間近という看板を掲げた日本料理店もいくつか見受けられました。いままで海外へ行った時に、わざわざ現地の日本料理を食べるということは僕も嫁もほとんど無かったのですが、これほどまでに日本食ブームになっていると、一度は行ってみるの価値はあるだろうと、日本へ帰る当日に日本料理店へ行きました(笑)
 モスクワでは有名な日本料理店だという「銀の瀧」へ。店内へ入っていくと作務衣を着たロシア人の店員が迎えてくれました。「ズドラーストヴィーチェ」(こんにちは)と僕がロシア語で言うと、「いらっしゃいましぇ」と日本語で迎えてもらいました。なんだかお互い気まずい空気を感じたのですが(苦笑)、そのまま席へ案内され、メニューを見ると、寿司、味噌汁、麺類など、なかなか豊富な種類の日本料理が載っていました。2人とも寿司と味噌汁を注文。ビールはキリンの「一番搾り」もあったのですが、高かったのでロシア産の「ダイキチ」というビールを注文しました。

日本料理店

 写真のように見た目も味もなかなかでしたし、値段も1人2000円くらいだったので、モスクワでこの店が人気だというのも頷ける気がしました。店を出るとちょうど3時でした。送迎車のドライバーとも無事に会えて、シェレメチェボ第2空港へ向かいました。1時間ほどで空港に到着。
 実はロシア旅行の1日目に着いた時も同じ空港だったのですが、最初とは全く違う明るい印象を空港から受けました。その時の薄暗い小雨模様と違って。この日は快晴の天気ということもあったのでしょうか、それだけのようには思えませんでした。僕も嫁も実際にロシア旅してみて、ロシアの印象がだいぶ良い方向に変わりました。そのこともあるのでしょう。さて帰りも行きと同じアエロフロートの成田便で帰国です。離陸後に窓から外を眺めると1000万人以上が暮らすモスクワの夜景がとても美しく見えました。地平線の向こうになかなか消え去らないオレンジ色の光を見ながら、またいつかモスクワに戻ってきたいと思いました。
 帰国してからもう2ヶ月が経ちました。いまも良いところだったなぁと思っています。このブログをご覧の皆様も機会がありましたらロシアへ是非。
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【2010/01/05 02:16】 | ロシア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ロシアへ(その11)
 10月19日(8日目)

 この日はモスクワから約60㎞離れたセルギエフ・パサートへ行きます。天気は昨日の快晴が嘘のような小雨まじりの曇天。10時にホテルのロビーでロシア人ガイドOさんと対面。Oさんから僕らの結婚のお祝いということで「美しい10月」とロシア語で名付けられたチョコレートをいただき、その気遣いに朝からとても嬉しい気分になりました。ロシアの優しいお母さんといった印象のOさんですが、ちょうどその日が一人娘の25歳の誕生日だそうで、僕らからもお祝いを伝えておきました。その後、Oさんに案内されてドライバーが待っている車の後部座席に乗りこみ、さあ出発です。モスクワ名物となっている渋滞を抜け、今までのドライバーのように、さあこれからスピード全開で行くのかと思いきや、今回のドライバーB氏はあまりスピードを上げません。その代わりドストエフスキーの小説の登場人物のごとく、助手席に座ったOさんに対して、とにかく1人でひたすら話す話す話す。時にはハンドルから手を離し身振り手振りで・・・(汗)まあ何とか無事に1時間ほどで目的地セルギエフ・パサートに到着。
セルギエフ・パサート1

 セルギエフ・パサートは14世紀に創設されたトロイツェ・セルギエフ大修道院のある町であり、ロシア正教を信仰する人にとっては一大聖地として知られています。上の写真はその修道院のシンボルともいうべきウスペンスキー大聖堂です。修道院には現在も多くの修道士たちが住んでいて、黒衣を身にまとった彼らの姿は普通に見かけることができます。また歩いている修道士に一般の人々が近づいていって、修道士から祝福を受ける光景を何回か見かけました。このウスペンスキー聖堂の横には聖堂があり、その内部には、この修道院を創設した14世紀の聖人である、聖セルギイの遺体が安置されています。聖人の遺体はロシア正教では、イコン(聖像画)と同様、深い信仰の対象となっているそうです。Oさんの案内でその中に入ると、薄暗い中にある聖セルギイの棺の前に人々が列をなしています。正教会ではカトリックと違って楽器は一切使用されませんから、信徒の女性たちによる聖歌の声だけが静かに流れるなか、人々は聖人の棺に近づきそこに接吻をしていきます。ロシア正教徒でない僕らは近づくこともできず、その息苦しさを感じてしまうほどの荘厳さに、僕らは完全に圧倒され、聖堂を出た後もしばらく言葉を発することができませんでした。
セルギエフ・パサート2

 上の写真は食堂がある僧院の内部の写真です。実はこの場所はソ連の時代にはディスコとして使われていたそうです。「とても嘆かわしいことです」とOさんは言っていました。ソ連崩壊後、人々の寄進によって荒廃した内部の装飾や聖像画が復元されたそうです。現在の姿しか知らない僕たちからすると、かつてそんなことがあったということが嘘のような気さえしました。一通り見学を終えたところで、修道院内にあるカフェで休憩です。椅子がなく立って休憩する簡素な作りのカフェですが、修道院にある非営利目的のカフェのため、日本円にしてコーヒー1杯30円、直径20センチ近い黒糖蒸しパンが60円ほどと、とても安く飲食することができます。特にここの名物という黒糖蒸しパンの方はなかなかの味でした。
 さてその後はマトリョーシカの博物館を見学し、モスクワへ帰ります。帰りもドライバーB氏は止めどなく話し続けていましたが(苦笑)、ホテルへは無事到着。さて明日はいよいよ帰国。モスクワ最後の夜はちょっと奮発してホテル内のレストラン「ジェロボーム」でディナーです。その前に時間もあったので、近くにある食料品店「エリセーエフスキー」などの店舗を回って日本へのお土産を購入しました。ウォッカやマトリョーシカも当然買いましたが、一目惚れしてつい買ってしまったのが・・・
チェブラーシカ

 チェブラーシカ!!ほとんどのロシア人が知っている人形劇の主人公です。日本でいうとドラえもんに近いのでしょうか。モスクワバージョンということなのか、通常は身につけていないシャープカ(ロシアの帽子)とマフラーをしています。さらにお腹の部分を押すと10種類ほどのロシア語を話します。残念ながら半分ほどしかわかりませんが・・・。
 お土産を抱えてホテルに帰り、ディナーも美味しくいただき、モスクワ最後の夜も楽しく終了。いよいよロシア最終日。

【2009/12/22 01:20】 | ロシア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ロシアへ(その10)
 10月18日(7日目)

 この日の朝起きてカーテンを開けた時に、僕らはとても驚きました。なんとロシアに来て始めて晴れの日です。それも雲一つない快晴。ロシアの曇天に慣れきってしまった僕らは、あまりの天気の良さにどうも気持ちが落ち着きません。そんな中、まずは赤の広場の中央にあるレーニン廟へ。ここの手荷物検査の厳しさは事前に聞いていたので、財布以外の荷物はホテルに置いてきたつもりが、突然の晴天に動揺したのか、気がつくとなぜかポケットの中には携帯電話が(苦笑)案の定、検査で引っかかり、手荷物預かり所で預かってもらえと強面の係員に言われ、仕方なく預かり所に携帯電話を預け、再びボディチェックを受け入場しました。なぜこれほどまでに厳しいチェックが行われるかというと、このレーニン廟にはあのレーニン本人の遺体が一般公開されているからなのです。防腐処理を施されたレーニンの遺体、つまりはレーニンの剥製がこうして社会主義国ソ連の時代が終わった今も、一般に公開されているというのは、僕にはとても奇妙なことのよう思えるのですが、ロシア人の中ではあまり矛盾がないようで、一般公開はこれからも続いていくようです。
 レーニン廟の内部は薄暗く、大柄な警備員が無表情のまま、見学者が何か不審な動きをしないように各所で目を光らせています。その威圧感たるや相当なもので、後で聞いたところ、嫁は完全にビビりまくっていたそうです。角を数ヶ所曲がるとレーニンの遺体の安置所に到着しました。やや遠目から見たレーニンは確かに本で見るあのレーニンそのものでしたが、そのあまりの色つやの良さに、まるで3Dホログラムか何かではないかと思わせるほど、その遺体には現実感がありませんでした。もうちょっとゆっくり見たいものの、遺体の周りには怖い顔をした警備員が数人、どう考えてもゆっくり立ち止まれる雰囲気ではありません。そこに後からやってきた欧米人の夫婦、この異様なまでの緊張感のある雰囲気が全くわかっていないのか、部屋に入ってくると早速コソコソ話を始めてしまいました。すぐさま警備員が一喝。あっという間にその場に静寂が戻りました。僕らもそそくさと退散。外へ出てようやく一息つけました。ロシアに来て以来ほとんど感じることはなかったのですが、レーニン廟は間違いなくかつての「ソ連」を感じることのできる場所でした。

聖ワシリー寺院

 相変わらず外は良い天気。これはロシアの教会では一番有名な聖ワシリー寺院です。赤の広場の真正面に位置するこの教会は16世紀に皇帝イワン4世の命令によって建てられ、そのあまりの美しさに驚いた皇帝が、二度と同じものが作られないよう、設計した2人の目をくり抜いてしまったという恐ろしい逸話が伝わっています。確かに外部はとても美しいのですが、宗教が制限されたソ連時代に放置されていたためでしょうか、内部の壁画等はあまり状態は良くありませんでした。聖ワシリー寺院を出た後、モスクワ川沿いにクレムリンの周辺を歩いてみました。

クレムリン

 ロシア語で城塞を意味するクレムリンの名の通り、その周囲は高い壁で囲われています。昔も今もここは政治の中心として君臨してきました。このクレムリンの中へは入場券を買って入ることができます。またしても厳重なチェックを受けて入っていき、しばらく歩いていくと大統領官邸が見えます。

ロシア大統領府

 遠くで警備員がじっと僕らの方を見ていました。ここでメドベージェフ大統領が執務をしています。当然ですが、観光客がこれ以上近づくことはできません。まあやってできないこともないのでしょうが、命の保証はないでしょう(汗)
 またクレムリンの中には歴代皇帝によって建てられた教会もいくつかあり、そちらは見学が可能です。内部の状態も聖ワシリー寺院よりは良好な状態でした。クレムリンを出た後は、地下鉄で雀ヶ丘へ。ここはトルストイの「戦争と平和」も描かれていましたが、かつてナポレオンがモスクワ市街を眺めた場所として有名です。地下鉄の駅を降りて、森の中の遊歩道を15分くらい歩くと雀ヶ丘です。時刻は4時半になって、やや肌寒く鳴ってきました。

雀が丘

 本当はもっと雄大な眺めなんですが、どうも写真だとその景色の良さが伝わりづらいですね。真正面に見えるのはモスクワのサッカーチーム、CSKAモスクワのルジニキ・スタジアムです。今回、サッカー観戦の方は日程がうまくいかず断念。残念。
 モスクワ市街へ帰って夕食は中華料理「ドレーヴニィ・キタイ」へ。その店、中華といってもなぜか寿司も扱っていました(笑)現在、ロシアは空前の日本食ブームのようで、寿司もないと採算がとれないのでしょうかね。食事は棒々鶏、卵とトマトのスープ、炒飯、白身魚と野菜炒め、飲み物にビール、最後はジャスミン茶と胡麻団子をいただいて料金は1人3000円ほどと非常にリーズナブルでしたが、味の方もとても美味しく大当たりの店でした。
【2009/12/11 01:18】 | ロシア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ロシアへ(その9)
 10月17日(6日目)

 この日はモスクワでラジオのアナウンサーをされている、Mさんという日本人女性に会うため朝8時に起床。そろそろ時差ボケもなくなってきて、熟睡できるようになってきました。朝食会場はサンクトペテルブルクのホテルよりはもっとカジュアルな感じ。テニスのツアー大会が開催されるらしく、ジャージ姿の選手もちらほら見受けられました。
 9時半にホテルを出発。モスクワは地下鉄が縦横に張り巡らされているため、移動は地下鉄がもっとも便利なのですが、切符の券売機がない、なおかつ切符売り場のおばちゃんは英語は話せない、行き先表示がロシア語のみなど、地下鉄を乗りこなすには最低限のロシア語が必要になってきます。ですが僕らのロシア滞在も6日目に入っていたので、さすがにその関門はなんなくクリアできました。
 それにしてもロシア到着以前から心配していたロシア語でのコミュニケーションですが、実際にロシアで使用してみると、想定していたよりもずっと通用したので正直驚きました。始めて1年半しか経ってない僕のロシア語は、いうまでもなく相当貧弱なレベルなのですが、日本人にとってロシア語は英語よりは発音がしやすいようで、発音を意識せずにぼそっと言ったことが現地で案外通じていたりしました。
 さて待ち合わせ場所である地下鉄のトレチャコフスカヤ駅までは、ホテルの最寄り駅からわずか1駅。モスクワの地下鉄は治安があまり良くないという話でしたが、全くそんな気配はありませんでした。10時の待ち合わせ時間ちょうどにトレチャコフ駅に到着。Mさんとは知人の紹介で知り合ったのですが、今までメールのやりとりだけだったため、実はこの日が初対面。無事に会えるか心配だったのですが、周りにアジア系の人間が見あたらなかったので、すぐに会うことができました。挨拶をすませて、さっそくこの日の目的地トレチャコフ美術館へ。

トレチャコフ美術館

 トレチャコフ美術館はモスクワの裕福な商人であったパーヴェル・トレチャコフのコレクションを展示するために、19世紀末に創設されたロシア美術専門の美術館です。トレチャコフ美術館で展示されているロシア美術は、その歴史的背景を知っているとより楽しめるということで、今回Mさんが案内してくれることになったのです。Mさんはラジオではロシア文化の紹介のコーナーを持っていたりするほどで、ロシア美術についてとても造詣が深く、その知識量にはこちらが圧倒されました。Mさんが予定よりも多くの時間を僕らのために割いてくれて、ロシア美術にはあまり詳しくない僕と嫁は、2人とも大変有意義な時間を過ごすことができました。コレクションの中で僕がとりわけ素晴らしいと思ったのは、下の写真にある19世紀末のロシア象徴主義の画家ヴルーベリの作品「座るデーモン」と、写真はありませんが、ロシアで最も有名なイコン(聖像画)である「ウラジミールの生母」です。

ヴルーベリ

 ヴルーベリのこの作品で描かれているデーモンは、その名前のわりにまるで人間のような姿をしています。そして頑強な肉体を持ち、表情からは意思の強さも窺えるのですが、なぜかどこか寂しげでもあります。縦1メートル横2メートルのこの巨大な作品を見ていて、頭には様々なことが浮かび、そこからしばらく動くことができませんでした。
 またトレチャコフ美術館に付属する教会に展示されていた「ウラジミールの生母」ですが、このイコンの写真は撮れませんでした。というのも、教会にやって来た多くのロシア人がこのイコンを前にして頭を垂れて十字を切り、そしてイコンの収められたケースにキスをして帰っていました。そのあまりに敬虔な雰囲気に、その場で無邪気に写真を撮るのがためらわれたからです。そのマリアと幼子イエスが描かれたイコンは、正教徒ではない僕が見てもとても美しいものでした。
 夕方に美術館を出てから、少々早い時間だったのですが、Mさんと一緒にウクライナ料理をいただきました。ウクライナ料理といえばキエフ風カツレツが有名ですが、「ヴァレニキ」と呼ばれる挽肉やサーモンなど様々な具が入ったウクライナ風水餃子が美味しかったです。料理を食べながらMさんからロシアの興味深い話を色々と伺ったのですが、ロシアの真冬というのはやっぱり慣れないと相当きついものらしく、Mさんも最初の頃は身体の冷えに悩まされたそうです。その時にロシア人からアドバイスを受けて食べるようにしたのが、豚の脂身の薄切りだそうで、それと一緒にウォッカを飲んで、とにかく油脂分を摂取して身体を内部から燃焼させるようして、ロシアの冬を乗り切っているそうです。人間の身体を燃焼機関としてとらえているその見方が、日本人にはあまり考えられない身体の見方で、とても面白いと感じました。というわけで、真冬にはまだ早いですが、せっかくロシアに来たのですから、実際に僕たちも注文して食べてみることにしました。脂身だけのハムという感じで3枚目くらいまでは美味しくいただけるのですが、そこから先はさすがにきつかったです。ロシアの冬は乗りきれそうにないです・・・(苦笑)
 Mさんと別れてから、ホテル近くの赤の広場へ。僕にとって赤の広場といえば、小さい頃にニュースで見た、ソ連時代の軍事パレードの印象がとても強かったのですが、実際に行ってみるとライトアップされ、当時の印象とはかけ離れたとても美しい場所でした。

赤の広場1

 赤の広場に立ってみて、ようやくモスクワに来たのだなぁ、という感慨がわいてきました。正面に見える聖ワシリー寺院や、右側のクレムリンの見学はまた後日ということで、赤の広場をぶらぶらと散歩してこの日はホテルに帰りました。
【2009/11/30 00:55】 | ロシア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ロシアへ(その8)
 10月16日(5日目)

 サンクトペテルブルクともお別れの日がやってきました。こちらへ来てから毎日暗い雲に覆われた肌寒い天気だったのですが、最後の日になってようやく雲の隙間から太陽を見ることができました。北国の人が太陽を恋しがる気持ちが少しわかった気がしました。
 次の目的地モスクワへは列車で移動です。夕方の発車まで時間があるので、ホテルをチェックアウトした後、もう一度サンクトペテルブルク市内を散策することにしました。まずは「血の上の救世主教会」の中へ。外観も派手に装飾されていましたが、内部もキリストやマリア、聖人を描いたイコン(聖像画)で壁面が埋め尽くされていました。

血の上の救世主教会2

 教会を出た後、そろそろルーブルがなくなってきたので街の両替所へ行きました。両替はあらかじめ日本で両替してあったドル紙幣を、ロシアで改めてルーブルに両替しました。実は円からルーブルへ直接両替するのはあまりレートが良くなくて、面倒なことなのですが一度円からドルへ両替して、その後ドルからルーブルへ両替した方がレートが良いのです。
 サンクトペテルブルク市内をブラブラと散策した後、モスクワ行きの列車が出発するモスクワ駅へ。ホームへ行くと、16両くらいあるとても長い列車がすでに入線していました。列車とホームの間は50センチほど空いているため、重い荷物を持ってフラフラしていると、ホームから落ちてしまいそうでちょっと怖いです。
 列車はかなり古く、一見したところ製造されてから30年くらいは経っていそうです。もしかしたらソ連製か?と思いましたが、確かめる方法はありませんでした。僕たちが乗ったのは2等席でしたが、内部はクペと呼ばれる4人1部屋の寝台車両になっていました。客室に入っていくとすでにロシア人の男女が中にいました。最初はあまり愛想が良くなかったのですが、僕らが大きいスーツケースの置き場所に困っていると、体格の良いロシア人男性の方が上部の棚へスーツケースを入れるのを手伝ってくれました。
 今回の旅で思ったことなのですが、ロシア人であまり愛想のない人というのは確かに多い気はしますが、彼らは決して不親切なのではなく、困っていれば手を差しのべてくれる人が多いように思いました。笑って愛想良くおつりをごまかすような人(苦笑)もいなかったですし、国民性は実直ということなのでしょうか。

ロシアの列車

 列車の車両は確かに古かったですが、シーツ等はとても清潔で、軽食や水まであらかじめ用意されているし、何より身体を横たえて楽な姿勢で乗車することができ、モスクワまでの5時間半はとても快適な旅になりました。広大なロシアの大地を実感してみたいということで、僕が希望した列車での移動でしたが、出発して1時間くらいで眠りにおちてしまい、気がついたらもうモスクワに到着間際で、その広大さを体感できなかったことは残念でしたが(笑)
モスクワのレニングラード駅には午後9時半に到着。列車を降りてまず思ったのは、サンクトペテルブルクに比べて3~4度ほど暖かいということでした。送迎の車の人ともすぐに会えて、スムーズにモスクワの滞在先「リッツ・カールトン・モスクワ」へ。ここは普段宿泊するには予算的にちょっと厳しいホテルなのですが、週末は平日の半額近い値段で利用できるため宿泊することができました。おそらくモスクワはサンクトペテルブルクに比べてビジネス目的での宿泊客が多いためなのでしょう。部屋に案内されると、サンクトペテルブルクに続いてここでも、ウェルカムワインが用意されていました。

リッツ・カールトン
 部屋に入って、嫁が一言。「これから先、いつも新婚旅行ですってホテルに言っていれば、こうやってシャンパンとかワインとか用意してくれるのかな?」

・・・おいおい(汗)
【2009/11/23 01:05】 | ロシア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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