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まど・みちお詩集
まど・みちお詩集
 詩人「まど・みちお」の名前は知らなくても、「♪ぞうさん ぞうさん おはなが ながいのね♪」の「ぞうさん」や、「♪しろやぎさんから おてがみ ついた くろやぎさんたら よまずに たべた♪」の「やぎさん ゆうびん」といった童謡の作詞者といえば、わからない人はまずいないと思います。今年で98歳になる現役の詩人である彼の詩は、平易な言葉でありながら実に奥深い世界を表現しています。この本に収められている詩はとても魅力的なものが多いのですが、その中から僕が特に気に入った詩を2つほど紹介します。
「ことり」

そらの
しずく?

うたの
つぼみ?

目でなら
さわっても いい?
 ことりに目でさわるというのは、何という繊細な表現なのでしょうか。普段僕たちが使う言葉の組み合わせからこんな表現が生まれるということに、僕は驚かざるをえません。
「ふと」

ふと おわった

いっしんふらんに 注ぎつづけていた
ぼくの おしっこは

見つめていた ぼくの
「見つめていたこと」も また

そして 見つめながら 考えていた
「考えていたこと」も また

その「ふと」が なぜか
ふと めずらしい

はじめて 目にすることができた
時間の「まばたき」のようで
 僕らの日常生活からこんな新鮮な世界を切り取って見せることが出来る、ということもまたすごいことだと思います。言われてみれば誰でもおそらくは経験したことのあるトイレでの出来事、されどトイレから出たらすぐ忘れてしまうようなことを、彼は逃さず瑞々しい言葉で表現しています。まど・みちおの眼で切り取られた上質の世界、読む者の世界観すら変えてしまう詩集の一つ。
【2007/09/07 23:29】 | | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
『カラマーゾフの兄弟』
カラマーゾフの兄弟
 いま秘かなブームになっているドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の新訳を読みました。先月ようやく翻訳が完結したのですが、早くも全5巻で累計25万部の販売部数を記録しているそうです。新潮や岩波の翻訳があるにも関わらず、あえて新訳の出版に挑戦した光文社の勇気に賛辞を送りたいところですが、どうして新訳が必要なのか?村上春樹は翻訳した『ロング・グッドバイ』の解説の中で次のように書いています。
「家屋と同じように、それぞれの翻訳によって経年劣化に多少の差があるのは当然だが、五十年も経過すれば(たとえ途中でいくらかの補修があったにせよ)さすがに、選ばれた言葉や表現の古さがだんだん目につくようになってくる」
 なるほど確かに今回の光文社版カラマーゾフは、以前に読んだことのある新潮版に比べると、言葉がスムーズに頭に入ってくるため、読むスピードは格段に上がったのを実感できます。そうした読むスピードが速まるということが作品読解にいい影響を与えるかどうかは、その作品内容に関わってくるのですが、この『カラマーゾフの兄弟』は約2000ページという分量にもかかわらず、扱っている事件はわずか数日の間に起こった出来事なのですから、そうした読書スピードの上昇が、この場合は読者にいい影響を与えるのではないかと僕は思っています。また文章が読みやすくなっても、その深い精神的世界、混沌としたカラマーゾフ的世界は変わらずに表現されています。これからはおそらくこの光文社版がスタンダードになっていくでしょう。
 ドストエフスキーの諸作品は、読んだ後でその人の世界や人間の見え方が全く変えてしまうほどの影響力を持っています。僕自身もこの『カラマーゾフの兄弟』と『白痴』に強い影響を受けました。確かにドストエフスキーの作品は長編が多く読むのに時間がかかりますが、夜も涼しくなったこれからの季節、その世界に浸りきってみるのもなかなかいいものだと思いますよ。
【2007/08/27 22:55】 | | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
黄色い本
黄色い本
 「こんなマンガがあるのか…」この本を初めて読んだ時の衝撃はなかなか強烈なものでした。「黄色い本」は、副題の「ジャック・チボーという名の友人」からも連想されるように、小説「チボー家の人々」を読む女の子を描いた高野文子のマンガであり、第7回手塚治虫文化賞受賞時に「現代の日本マンガにおける一方の極北」と、その前衛性を審査員に激賞された作品です。
 主人公である実地子は、第一次世界大戦前のフランスという世界史的な激動の時代を描いた小説「チボー家の人々」に深く魅せられながら、高校三年生の彼女もまた卒業・就職という人生の節目、個人的な「激動の時代」を向かえています。しかし個人的な「激動の時代」がえてしてそうであるように、外面上は何か大事件が起こるわけではありません。
 しかしこうした淡々としたストーリーも、この作者の手にかかると、極めて上質で繊細な世界に変身します。陰影をあまりつけない線描を主とした非リアリズムの画風、小津安二郎を思わせる映画的なコマ割、説明を極端に排しある意味幻想的ともいえるセリフ等々、全てがそうした作品世界を形成する大事な要素となって、主人公の個人的「激動の時代」の気分をとても上手く伝え、なおかつそれが普遍性を持って僕らに伝わってくるのです。
 まあこうした僕の説明より、わずか70ページあまりの作品ですので、実際に読んで感じていただく方がよくわかっていただけるのではないでしょうか。おそらく従来のマンガ概念が覆されるのではないかと思います。
【2007/08/16 23:31】 | | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ユリシーズ
ユリシーズ
 ジェイムズ・ジョイス作「ユリシーズ」といえば、現代文学を語る上で絶対に外せない作品として非常に有名であり、ランダムハウス社による「20世紀の小説ベスト100」の1位に輝やくなど、数多くの賞賛を浴びてきた小説です。しかし僕のジョイス体験といえば、10年ほど前に丸谷才一らによる新訳ということで話題になった時に、意気揚々と購入しながらも、一巻目の半分ほどであえなく挫折し、それ以降、本棚の奥深くに封印した苦い経験でしかありませんでした。今回およそ四ヶ月かけて、夜眠る間際にちびちびと寝酒を楽しむように読んで、ようやくこの本を読了することができました。
 この本は、アイルランドの首都ダブリンの1904年6月16日を描いた小説です。スティーブンとブルームという二人の主人公をめぐって、何か特別なことが起きるわけでもない、淡々過ぎていく一日を描いています。しかし数多くの読者を挫折させる原因は、そうしたストーリーの平板さにあるのではなく、ジョイスの真髄ともいえる言葉遊びの翻訳にあるのではないかと僕は思います。例えば、落語や漫才を英語に訳する時に、その面白さまでも翻訳できるかという問題を考えればわかっていただけると思いますが、言葉遊びを翻訳する難しさというのは、言葉の意味を通じるようにすれば面白さを失い、面白さを追求すれば言葉が意味不明になるという二律背反にあります。やはり「ユリシーズ」の本当の面白さは英語で読まなければ理解できない、といってしまえば簡単ですが、英語圏においてさえもそれなりの教養がないと読めないこの本を、日本人が英語で読むのは研究者でもない限りほとんど不可能なのではないでしょうか。
 そうであるならば、「お前は四ヶ月もかかって、その本から何を学んだのか?」という問いかけは当然出てくるでしょうが、そんな時、僕はこう答えるより他ありません。様々な言葉遊びと文体を試みることによって、従来の文学概念を破壊しつくしたジョイスの「新しいものを作ってやるんだ」という前衛的姿勢、ただそれだけ。しかし僕にはそれで十分です。
【2007/07/27 23:40】 | | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
純粋理性批判
カント
 昔から星を見るのが好きでした。高校の時は毎年、夏休みに流星群を観測するために、乗鞍高原でキャンプをしたのですが、当たり年には一時間に100個以上の流れ星を観測することができ、それはそれは感動しました。星を見ている時に誰でも一度は考えたことがあるとは思うのですが、「宇宙に果てはあるのか?ないのか?」という問いは、幼い頃から僕を悩ませた問題の一つです。
 いま考えてもこの問題は、とてつもない難問ですが、最新の宇宙物理学においてもその答えは出ていません。つまりはどちらの答えもありうるということなのです。こうした「物体は果てしなく分割できるのか?できないのか?」「神様はいるのか?いないのか?」など、相反する二つの答えが出せる問題に悩んだのは、僕だけではないと思います。
 さて今回の本、ドイツの哲学者カントによる「純粋理性批判」は、18世紀に書かれ、それ以降の哲学者全てに影響を与えたといわれる本ですが、内容的にはそうした難問について哲学的にとことん考えてみた本です。1200ページに及ぶ本の詳細を省いて、その結論だけ書けば、「我々はそうした難問について答えは出せても、答え合わせができない。つまり我々の認識力には限界がある」というありきたりの結論になってしまうのですが、その結論に至るまでの思考プロセスはなかなかスリリングでした。
 この本を書くまでカントには「沈黙の十年」と呼ばれる、何も書けない時期がありました。しかしこれ以降、カントは代表作を立て続けに発表することになるのです。カントにとってこの本は「自分は何ができて、何ができないのか」ということを確認した本だと僕は思っています。こうした自分の限界を決める作業はある種の苦痛を伴うものですが、こうした作業を経ることによって、人は成長するのだということを改めて思い知らされた本でもあります。
【2007/07/12 01:08】 | | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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